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東京高等裁判所 昭和61年(ネ)3215号 判決 1988年3月09日

控訴人 中村敬一

<ほか一三名>

右一四名訴訟代理人弁護士 五味和彦

被控訴人 株式会社エヌエルシー・トラベルセンター

右代表者代表取締役 佐々木賢治

右訴訟代理人弁護士 北川雅男

主文

一  原判決中、控訴人佐藤千絵に関する部分を取り消す。

被控訴人は、控訴人佐藤千絵に対し、金二四万一〇〇〇円及びこれに対する昭和五六年八月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原判決中、控訴人佐藤千絵を除くその余の控訴人一三名に関する部分を次のとおり変更する。

被控訴人は、控訴人河鍋典子に対し、金三七万〇五五五円及び内金一二万一〇〇〇円に対しては昭和五六年八月一日から、内金二四万九五五五円に対しては昭和六〇年三月三日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

被控訴人は、控訴人佐藤千絵及び控訴人河鍋典子を除くその余の控訴人らに対し、それぞれ本判決添付別表記載の各金員及びこれに対する昭和六〇年三月三日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

控訴人佐藤千絵を除くその余の控訴人一三名の被控訴人に対するその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、第一、第二審とも被控訴人の負担とする。

四  この判決は、控訴人ら勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  控訴の趣旨

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人は、控訴人らに対し、本判決添付別表記載の各金員及びこれに対する昭和五六年八月一日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は、第一、第二審とも被控訴人の負担とする。

4  仮執行の宣言。

二  控訴の趣旨に対する答弁

本件各控訴をいずれも棄却する。

第二当事者の主張

一  控訴人らの請求の原因

1(一)  被控訴人は、一般旅行業を営む株式会社であって、その旨の登録をしていたものであり、そして、訴外有限会社太陽トラベル(以下「太陽トラベル」という。)は、昭和五四年九月一四日から同五七年九月一三日までの間、被控訴人を所属旅行業者とする一般旅行業代理店業者として登録されていたものである。

(二) 従って、太陽トラベルは、右の間、被控訴人から、一般旅行業に関し、被控訴人を代理して、第三者である旅行者と委任契約を締結するなどの権限を包括的に授与されていたものである。

2  控訴人らは、いずれも昭和五六年七月末以降におけるアメリカ合衆国等への旅行を計画していたものであるところ、同年三月初旬ころから同年五月二〇日ころまでの間に、訴外轡孝雄(以下「訴外轡」という。)に代理権を授与し、同人を代理人として、太陽トラベルとの間で、東京・サンフランシスコ間往復航空券(料金一人当り金一六万五〇〇〇円又は金一七万六五〇〇円)、アメリカ合衆国内周遊券(料金一人当り金八万二五〇〇円)、同国及びメキシコ合衆国内周遊券(料金一人当り金一三万二〇〇〇円)の各購入手続並びにパスポート(手数料一人当り金五〇〇〇円)、ビザ(手数料一人当り金三五〇〇円)の各取得手続を委任する契約(以下「本件委任契約」という。)を締結し、そして、そのころ、太陽トラベルに対し、右契約に基づく事務処理費用(以下「本件旅行費用」という。)として、次のとおりの各金員を支払った。

(1) 控訴人中村敬一、同中村英津子、同宮山広明、同福家昭彦 各金二五万六〇〇〇円

(2) 控訴人宮山加代子、同篠田烈、同岩澤御園 各金二五万一〇〇〇円

(3) 控訴人佐藤和子、同佐藤千絵、同畑順子 各金二六万六〇〇〇円

(4) 控訴人河鍋典子 金三八万七〇〇〇円

(5) 控訴人平尾計 金三一万五五〇〇円

(6) 控訴人金澤安宏 金一九万一〇〇〇円

(7) 控訴人轡孝之 金一〇万円

3(一)  太陽トラベルは、本件委任契約締結の際、控訴人らの代理人である訴外轡に対し、同契約が被控訴人(当時の商号は「株式会社富士旅行」)のためにする契約であることを示していた。すなわち、(1)当時、太陽トラベルは、前記のとおり、被控訴人を所属旅行業者とする一般旅行業代理店業者として登録されていた。(2)当時、太陽トラベルは、その店内に、同社の親会社が被控訴人であることを明記した標識を掲示していた。(3)本件委任契約より前に、訴外轡が同人の経営していたスイミングスクールの生徒の海外旅行について太陽トラベルに周遊券の購入手続等を委任した際にも、太陽トラベルは、訴外轡に対し、親会社が被控訴人であることを話していた。(4)本件委任契約締結の際に使用された、パスポート、ビザの交付申請手続のための旅行引受書には、親会社として被控訴人の社名が記載され、その社印が押捺されており、太陽トラベルがその代理店であることも記載されていた。以上の事実を総合すれば、太陽トラベルは、本件委任契約締結の際、訴外轡に対し、同契約が被控訴人のためにする契約であることを示していたものというべきである。

(二) 仮に太陽トラベルが、本件委任契約締結の際、訴外轡に対し被控訴人のためにする契約であることを示していなかったとしても、被控訴人は、当時、株式会社であり、右委任契約は被控訴人にとり商行為となるべき行為であったから、商法五〇四条本文により、右委任契約は被控訴人に対して効力が生じ、被控訴人は、同契約に基づく責任を負わなければならない。

4(一)  ところが、太陽トラベルは、被控訴人の代理人として、控訴人らから支払いを受けた本件旅行費用の合計金三五六万八五〇〇円を預り保管していたところ、その後間もなく、控訴人宮山加代子、同岩澤御園のビザ(手数料各金三五〇〇円)、控訴人佐藤千絵のパスポート(手数料金五〇〇〇円)、右控訴人ら三名及び控訴人轡孝之を除くその余の控訴人ら一〇名のビザ及びパスポート(手数料各合計金八五〇〇円)の交付申請手続をしてその手数料合計金九万七〇〇〇円を支払い、また、昭和五六年七月三〇日に、控訴人らの航空券の購入先と決めた訴外株式会社ワス(以下「ワス」という。)へ合計金五〇万円を支払っただけで、右旅行費用の残額金二九七万一五〇〇円を控訴人らに無断で費消して、本件委任契約に基づくその余の債務を履行しなかった。

(二) そのため、その後旅行を中止した控訴人佐藤千絵を除くその余の控訴人ら一三名は、昭和五六年七月三一日、本件委任契約で合意していた料金額よりも値上りした次のとおりの各料金額による航空券等をワスから購入せざるを得なくなり、それぞれ増額出費を余儀なくされた。

(1) 控訴人平尾計、同轡孝之 各金三八万一五四二円

(2) 右両名及び控訴人佐藤千絵を除くその余の控訴人ら一一名 各金三〇万八〇一六円

(三) 右各増額出費を余儀なくされた結果、控訴人中村敬一、同中村英津子、同宮山広明、同宮山加代子、同篠田烈、同岩澤御園、同福家昭彦及び同金澤安宏は、各金六万〇五一六円、控訴人佐藤和子、同河鍋典子及び同畑順子は、各金五万〇五一六円、控訴人平尾計は、金七万四五四二円、控訴人轡孝之は、金八万四五四二円の各損害を被るに至った。

(四) なお、右の各損害については、右控訴人らは、本件委任契約を解除しなくても、被控訴人に対し、その賠償請求ができるというべきであるが、仮にそうでないとしても、右控訴人らは、昭和六〇年三月二日被控訴人に到達の本件訴状の送達をもって被控訴人に対し、本件委任契約を解除する旨の意思表示をした。

5(一)  太陽トラベルは、控訴人河鍋典子の宿泊申込みに関する手配を怠っていたところ、昭和六五年六、七月ころ、同控訴人に対し、右宿泊費相当分の金一二万一〇〇〇円を昭和五六年七月三一日までに同人に返還することを約束した。

(二) また、控訴人佐藤千絵はその後旅行計画を中止したため、太陽トラベルは、同控訴人に対し、同人が支払済みの前記金員からパスポートの手数料金五〇〇〇円を控除した残金二六万一〇〇〇円を、遅くとも昭和五六年七月一八日までに同人に返還することを約束した。

(三) なお、太陽トラベルがなした右(一)及び(二)の各返還約束は、本件委任契約に付随して生じたものであるから、太陽トラベルは、いずれも被控訴人を代理して右各返還約束をなしたものというべきである。

6(一)  太陽トラベルは、その後、控訴人轡孝之を除くその余の控訴人ら一三名に対し、各金二万円宛を支払った。

(二) また、控訴人佐藤千絵を除くその余の控訴人ら一三名は、太陽トラベルが航空券購入のためワスに支払った前記の金五〇万円につき、右控訴人ら一三名に対する損害賠償債務の弁済として、各金三万八四六一円宛充当することとした。

7(一)  以上によれば、控訴人佐藤千絵を除くその余の控訴人らは、それぞれ2項の旅行費用支払額と4項(三)の増額出費額との合計額から、4項(一)のビザ、パスポートの手数料額、6項(一)の支払金額及び同項(二)の弁済充当金額を控除した残額に相当する金額の損害を受けたことになるが、右は、被控訴人の本件委任契約に基づく債務の不履行によって生じたものというべきであるから、被控訴人は、右控訴人らに対し、これを賠償する責任がある。

(二) また、被控訴人は、太陽トラベルが被控訴人を代理してなした5項(一)及び(二)の各返還約束に基づき、控訴人佐藤千絵に対しては金二四万一〇〇〇円(返還約束金額から請求原因6(一)記載の金二万円を控除した残額)を、控訴人河鍋典子に対しては金一二万一〇〇〇円を支払うべき義務がある。

8  仮に、太陽トラベルが被控訴人の代理人として本件委任契約を締結したものではなく、太陽トラベルが自己の名で右契約を締結したものであるとしても、太陽トラベルは、右契約締結当時、被控訴人を所属旅行業者とする一般旅行業代理店業者として登録されていたものであるから、太陽イラベルの行なった右契約の効果は、旅行業法(昭和五七年法三三号による改正前のもの)七条、一一条の二、二二条の九第一項の規定により当然に所属旅行業者である被控訴人に帰属するものというべきである。従って、被控訴人は、控訴人佐藤千絵を除くその余の控訴人らに対し、前記の損害を賠償する責任がある。

9  また、被控訴人は、太陽トラベルに対し、自己の営む一般旅行業の代理店業者としての名義を使用して右代理店業を営むことを許諾していたものであるから、商法二三条により、控訴人佐藤千絵を除くその余の控訴人らの前記損害を賠償する責任がある。

10  よって、控訴人らは、被控訴人に対し、本件委任契約及びこれに付随する前記の返還約束に基づき、本判決添付別表記載の各金員及びこれに対する本件旅行の出発日の翌日である昭和五六年八月一日から各支払済みまでの民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する被控訴人の認否

1  請求原因1の(一)記載の事実は認めるが、同(二)記載の事実ないし主張は争う。

2  同2記載の事実のうち、控訴人らが訴外轡に代理権を授与し、同人を代理人として本件委任契約を締結したことは認めるが、その余の事実は知らない。

3  同3の(一)記載の事実のうち、本件委任契約締結の際訴外轡が控訴人らの代理人であったことは認めるが、その余の事実は否認する。同(二)記載の事実のうち、被控訴人が当時株式会社であったことは認めるが、その余の主張は争う。

4  同4の(一)ないし(三)記載の事実は知らない。同(四)記載の事実及び主張は争う。

5  同5の(一)及び(二)記載の事実並びに同(三)記載の主張は争う。

6  同6の(一)及び(二)記載の事実は知らない。

7  同7の(一)及び(二)記載の主張は争う。

8  同8及び9記載の事実のうち、太陽トラベルが被控訴人を所属旅行業者とする一般旅行業代理店業者として登録されていたことは認めるが、その余の事実及び主張は争う。

三  被控訴人の抗弁

1  本件委任契約の締結に当り、太陽トラベルには、被控訴人を代理して同契約を締結する意思がなかった。従って、本件委任契約については、商法五〇四条本文を適用することはできない。

2  商法五〇四条但書による商行為の相手方と本人及び代理人との間の各法律関係は、相手方において択一的選択が許されるにすぎず、一度その一方を選択すれば、もはや他方を選択して、これを主張することはできないものというべきである(最高裁判所昭和四三年四月二四日判決)。ところで、控訴人らは、本件訴訟の提起に先立ち、本件委任契約等に基づく法律関係につき、太陽トラベル及びその代表取締役である渡辺勝利を共同被告として、甲府地方裁判所に同庁昭和五七年(ワ)第四四号損害賠償請求訴訟(以下「別件訴訟」という。)を提起し、その訴訟において、昭和五八年一月二五日、原判決添付別表の請求金額欄記載の各金員及び同表の内金欄記載の各金員に対する昭和五六年八月一日から各支払済みまでの年五分の割合による遅延損害金の支払請求を認容する旨の判決を得ている。そして、控訴人らは、右の訴訟において、本件委任契約締結の代理人である太陽トラベルとの法律関係を選択して、その本人である被控訴人との法律関係を否定したものであるから、控訴人らは、もはや被控訴人に対して本件各請求をすることは許されない。

四  抗弁に対する控訴人らの認否

1  抗弁1記載の事実は否認する。すなわち、(1)太陽トラベルは、海外旅行業務については、初めはすべて被控訴人に依頼し、これを引き受けてもらえないときには、同人の了解を得たうえ他の旅行業者に依頼していた。(2)太陽トラベルが別の業者から航空券を買い受けたり、宿泊のあっ旋をしてもらったりしたときには、その都度被控訴人に報告していた。(3)本件の海外旅行について、被控訴人が航空券等を購入してくれていたら、控訴人らは、当初の旅行費用額で足りた。(4)太陽トラベルは、控訴人らから本件旅行費用を受け取った後に、旅行業者を被控訴人からワスへ切り替えた。(5)太陽トラベルの代表取締役であった渡辺勝利は、控訴人らが被控訴人を通じて航空券を取得することができるものと思っていると考えていた。(6)右渡辺は、訴外轡から何度も催促された後、旅行の出発間際になってはじめて、同訴外人に対し、ワスを通じて航空券を購入することを話している。以上の事実を総合すれば、太陽トラベルは、控訴人らと本件委任契約を締結し、本件旅行費用を受領した時点においては、被控訴人を通じて航空券等を購入する意思、すなわち、代理意思を有していたものというべきである。

2  同2記載の事実のうち、控訴人らが、本件訴訟の提起に先立ち、太陽トラベル及びその代表取締役である渡辺勝利を共同被告として、別件訴訟を提起し、その訴訟において、昭和五八年一月二五日、被控訴人主張のとおりの判決を得ていることは認める。しかしながら、控訴人らは、別件訴訟において、太陽トラベルに対し、不法行為に基づく請求をしたのみであって、契約上の債務の不履行に基づく請求はしていないのであるから、控訴人らが被控訴人に対し本件請求をすることは許される。

第三証拠関係《省略》

理由

一1  請求原因1の(一)記載の事実は、当事者間に争いがない。

2  そして、右事実に、《証拠省略》を総合すると、太陽トラベルは、同会社が被控訴人を所属旅行業者とする一般旅行業代理店業者として登録されていた昭和五四年九月一四日から同五七年九月一三日までの間、被控訴人から、一般旅行業務、少なくとも日本人の海外旅行業務に関し、被控訴人を代理して、第三者である旅行者と航空券、周遊券等の購入、パスポート、ビザの取得等の手続についての委任契約を締結するなどの権限を包括的に授与されていたものと認めるのが相当である。なお、《証拠省略》には、被控訴人は、太陽トラベル等町の旅行業者に対しては、代理店という名義だけを貸与していたにすぎないという供述部分もあるが、その供述内容は甚だ曖昧であるのみならず、右証人は、被控訴人と太陽トラベルとの契約交渉には全く関与していないのであるから、右供述部分は到底採用することができず、そのほかには、右認定を覆すに足りる証拠はない。

二  請求原因2記載の事実のうち、控訴人らが訴外轡に代理権を授与し、同人を代理人として本件委任契約を締結したことは当事者間に争いがなく、この事実に、《証拠省略》を総合すると、請求原因2記載の事実をすべて認めることができ、この認定を覆すに足りる証拠はない。

三1  以上の一及び二で認定したところからすれば、本件委任契約が締結された当時、被控訴人は一般旅行業を営む株式会社であり、太陽トラベルは被控訴人を代理して右委任契約等を締結する権限を授与されていたものであり、そして、右委任契約は被控訴人にとり商行為となるべき行為であったことは明らかであるから、本件委任契約締結の際に、太陽トラベルが訴外轡に対し右契約が被控訴人のためにする契約であることを示していたか否か、訴外轡が被控訴人と太陽トラベルとの間の代理関係を知っていたか否かを問題にするまでもなく、商法五〇四条本文により、右委任契約は被控訴人に対してその効力が生じ、被控訴人は、自ら右契約を締結した場合と同様の責任を負わなければならない。

2  ところで、被控訴人は、抗弁1において、本件委任契約の締結に当り、太陽トラベルには被控訴人を代理して右契約を締結する意思がなかったから、本件委任契約については、商法五〇四条本文を適用することができない旨主張している。しかしながら、本件の全証拠を検討しても、右主張のごとき事実を認めるに足りる証拠はない。却って、《証拠省略》によれば、本件委任契約締結の当時、太陽トラベルの営業所の店内には、同会社の営む旅行業代理店業の親会社(所属旅行業者)が被控訴人(当時の商号は「株式会社富士旅行」)であることを明記した標識が掲示されており、太陽トラベルの代表取締役であった渡辺勝利は、右契約締結の以前から、訴外轡に対し、同会社が被控訴人の代理店であることを話していたこと、本件委任契約の締結に当り、パスポート、ビザの交付申請手続に必要な書類として、太陽トラベルが作成して控訴人らに交付した旅行引受書の定型用紙は、同会社が被控訴人から送付を受けたものであって、同用紙には、親会社たる被控訴人の記名、押印がなされ、かつ、太陽トラベルがその代理店であることも記載されていたこと、更に、本件委任契約の締結後、太陽トラベルは、控訴人らのための航空券その他の取得手続を最初は被控訴人に依頼していること、しかし、その後、被控訴人の経営状態が悪化し、同人を通じて右航空券等を取得することが不可能になったため、太陽トラベルは、その後、やむを得ず、その取得手続をワスに依頼したものであることを認めることができ、これらの事実によれば、太陽トラベルには被控訴人を代理して本件委任契約を締結する意思があったものと解するのが相当である。

なお、《証拠省略》によれば、太陽トラベルが控訴人金澤安宏、同宮山加代子(旧姓は新井)及び同河鍋典子から本件旅行費用を受領した際に発行した預り証又は領収証には、右旅行費用の受領者として太陽トラベルの社名のみが記載され、被控訴人の社名は記載されていないことが認められる。また、《証拠省略》によれば、太陽トラベルが昭和五六年七月三〇日に航空券等の購入依頼先であるワスに対し金五〇万円を送金した際に作成した振込控には、依頼人として太陽トラベルの社名のみが記載され、被控訴人の社名は記載されていないことが認められる。しかしながら、《証拠省略》によれば、前者については、太陽トラベルが右控訴人らから現実に本件旅行費用を受領した際における単なる事務手続の便宜から右のような預り証又は領収証が発行されたものにすぎず、また、後者については、本件委任契約締結後、前記認定のとおりの事情で、太陽トラベルが航空券等の購入依頼先を被控訴人からワスに切り替えざるを得なくなったため、右のような振込控による送金がなされたものにすぎず、いずれも、右委任契約の締結に当り、太陽トラベルに被控訴人を代理する意思がなかったことによるものではないことが認められる。従って、右各書証の存在ないし記載内容は何ら前記認定に影響を及ぼすものではない。

そうすると、被控訴人の抗弁1は、その理由がないというべきである。

3  そこで更に、被控訴人の抗弁2について判断する。

本人のための商行為の代理につき、相手方において、代理人が本人のためにすることを知らなかったときは、商法五〇四条但書により、相手方と代理人との間にも本人相手方間におけるのと同一の法律関係が生じ、相手方が、その選択に従い、本人との法律関係を否定し、代理人との法律関係を主張した場合には、本人は、もはや相手方に対し、右本人相手方間の法律関係を主張することができないものと解すべきである(最高裁大法廷昭和四三年四月二四日判決・民集二二巻四号一〇四三頁参照。)。そして、右の場合には、相手方もまた、本人に対し、右本人相手方間の法律関係を主張することができないものと解するのが相当である。

しかしながら、本件について見るに、本件訴訟の対象になっている法律関係、すなわち、本件委任契約及びそれに付随する契約から生じる契約法上の法律関係に関し、相手方である控訴人らが、本件訴訟の提起以前に、その選択に従い、本人である被控訴人との法律関係を否定し、代理人である太陽トラベルとの法律関係を主張したことを認めるに足りる証拠は存在しない。

確かに、控訴人らが、本件訴訟の提起に先立ち、太陽トラベル及びその代表取締役である渡辺勝利を共同被告として、別件訴訟を提起し、その訴訟において、昭和五八年一月二五日、原判決添付別表の請求金額欄記載の各金員及び同表の内金欄記載の各金員に対する昭和五六年八月一日から各支払済みまでの年五分の割合による遅延損害金の支払請求を認容する旨の判決を得ていることは、当事者間に争いがない。しかしながら、《証拠省略》によれば、別件訴訟の対象となっている法律関係は、本件委任契約及びそれに付随する契約から生じる契約法上の法律関係ではなく、控訴人らの太陽トラベル及び渡辺勝利に対する不法行為法上の法律関係にすぎないことが明らかであるから、控訴人らが右別件訴訟を提起したとしても、控訴人らが、本件訴訟の対象となっている法律関係、すなわち控訴人らと被控訴人との間の前記契約法上の法律関係を否定したものと解することはできない。従って、控訴人らが右別件訴訟を提起し、右のごとき判決を得ているとしても、それは何ら前記の認定を左右するに足りるものではない。

そうすると、被控訴人の抗弁2も、その理由がないといわなければならない。

四1  そこで、請求原因4について判断するに、《証拠省略》を総合すると、同4の(一)ないし(三)記載の各事実をすべて認めることができ、この認定を覆すに足りる証拠はない。

なお、本件委任契約はその性質上いわゆる定期的行為というべきであるが、しかし、控訴人佐藤千絵を除くその余の控訴人らが右損害につきその填補賠償を請求するためには右契約を解除することが必要であると解すべきところ、《証拠省略》によれば、右控訴人ら一三名は、いずれも昭和六〇年三月二日被控訴人に到達の本件訴状の送達をもって被控訴人に対し、本件委任契約を解除する旨の意思表示をしたものと認めることができる。

2  そして、請求原因6の(一)及び(二)記載の各事実は、いずれも控訴人らにおいて自認するところである。

3  そうすると、控訴人佐藤千絵を除くその余の控訴人らは、それぞれ請求原因2の旅行費用支払額と同4の(三)の増額出費額との合計額から、同4の(一)のビザ、パスポートの手数料額、同6の(一)の支払金額及び同(二)の弁済充当金額を控除した残額に相当する金額の損害を受けたことになるが、右は、被控訴人の本件委任契約に基づく債務の不履行によって生じたものというべきであるから、被控訴人は、右控訴人らに対し、これを賠償する責任がある。そして、右賠償の金額は、控訴人河鍋典子に対しては金二四万九五五五円であり、同控訴人を除くその余の右控訴人らに対しては本判決添付別表記載のとおりの各金額であることが計算上明らかである。

なお、被控訴人の右損害賠償債務は、履行期限の定めのない債務というべきであって、被控訴人は右控訴人らからその履行の請求を受けたときに遅滞に陥るものと解すべきであるから、右債務に対する遅延損害金支払債務発生の起算日は、控訴人らの主張する昭和五六年八月一日ではなくて、本件訴状が被控訴人に送達された日の翌日であることが本件記録上明らかな昭和六〇年三月三日であると解するのが相当である。

五  次に、請求原因5について検討するに、《証拠省略》を総合すると、同5の(一)及び(二)記載の各事実を認めることができ、この認定を覆すに足りる証拠はない。そして、太陽トラベルが控訴人河鍋典子及び同佐藤千絵に対してなした右各返還約束は、いずれも本件委任契約に付随して同契約から派生したものであり、従って、太陽トラベルは、被控訴人の代理人として、右各約束をしたものと認めるべきであるから、被控訴人は、右各返還約束に基づく債務についても商法五〇四条本文により、その履行の責任を負わなければならない。なお、右各債務に対する遅延損害金支払債務発生の起算日が右各返還約束に基づく各返還期限の翌日であることはいうまでもない。

六  以上の次第であるから、控訴人らの本件各請求は、控訴人佐藤千絵に関しては、その全部について理由があり、また、その余の控訴人らに関しては、本判決添付別表記載の各金員及びこれに対する前記各遅延損害金支払債務発生の各起算日から各支払済みまでの民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度では理由があるが、その余は理由がない。

よって、控訴人らの本件各請求をすべて棄却した原判決は不当であるから、原判決中、控訴人佐藤千絵に関する部分についてはこれを取り消したうえ、同控訴人の請求を全部認容し、その余の控訴人一三名に関する部分についてはこれを変更し、同控訴人らの請求を前記の理由がある限度で認容し、その余を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、八九条、九二条但書を、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 奥村長生 裁判官 加藤英継 笹村將文)

<以下省略>

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